細胞の力学応答とは

かつて水中で発生した生命が陸上へ進出したとき、浮力による支えを失った生物が大型化するには、重力に逆らうための支持組織が必要でした。そして進化の結果、現在では骨や細胞壁のような丈夫な支持組織を持った動植物が陸上で繁栄しています。さらに筋肉も発達させることで、様々な動物が高い運動能力も手に入れました。しかしこれらの支持組織や運動器を維持するには大きなエネルギーが必要です。そのため、生物は適所適量の原則の下、厳しいコストカットを行う仕組みも持っています。

近年、社会の高齢化に伴い、骨や関節、筋肉などの運動器の衰弱によって自力での行動が難しくなる人が増えています。骨や筋肉は、重力や運動によって発生する物理的な力の刺激(力学刺激あるいは機械的刺激と呼ばれます)に敏感で、刺激が加われば強化され、刺激がなければ衰弱します。そのため、運動量が減ると力学刺激が減り、運動器が衰弱し、その結果さらに運動量が減るという負の連鎖が急激に進行します。その対策のためには、生物が力学刺激をどのようにして感知しているのかを知ることが重要ですが、その機構が分子・細胞のレベルで解り始めたのは比較的最近のことなのです。

力学刺激に応答するのは運動器組織に限りません。血管は心拍に合わせて伸縮し、血管内壁は血流に擦られます。これらの刺激への応答は、動脈硬化の要因の一つです。受精卵から生物個体が作られる発生の過程では、細胞の分裂や移動に伴って細胞間で押し引きをする力が生じ、それが形態形成の制御に関わると考えられています。成体においても、骨や神経、筋肉、脂肪などの組織はそれぞれ堅さが異なり、その差が細胞の振る舞いに影響します。私たちは、このような普遍的な生命現象である力学応答の詳細な仕組みを分子・細胞のレベルで明らかにしたいと考えており、現在は主に骨芽細胞を用いた研究を行っています。